オフィス・アキ

ADHD & ASDを持つ、発達障害グレーゾーンの33歳です。ペンと紙を使ったアナログなイラストを、販売しております。

オスマン帝国の崩壊をテーマに、打線組んでみたWWW【ロシア・トルコ戦争】

こんばんは。

イラスト屋の アキです(@aki20180616)。

 

本日のテーマはオスマン帝国の衰退。

アジア・ヨーロッパ・アフリカと三大陸にまたがっていた巨大国家が、18世紀以降、ロシア帝国を始めとする周辺諸国より、徐々に解体されていく有様を打線にしてみました。

 

▼目次

 

① 一番 (三) ロシア帝国のアゾフ海領有(1700年)

オスマン帝国の弱体化において、大きな役割を果たしたのが、ロシア帝国の南下政策。

埃土戦争や露土戦争等の起点となった出来事という点において、敵国・ロシアのピョートル1世によって1700年に成された、アゾフ海の領有をトップバッターとしました。

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② 二番 (遊) 露土戦争(1787年)

つなぎ役となる二番には、アブデュルハミト1世の治世において行われた、1787年の露土戦争をピックアップ。

この戦争での敗北により、後の南下政策の拠点・クリミア半島を奪われ、黒海北部沿岸全体をロシアに抑えられることとなりました。

 

③ 三番 (中) ギリシア独立戦争(1821年)

三番は、ロシアを始めイギリスやフランスといった、独立支援軍との戦いを余儀なくされたギリシア独立戦争。

18世紀以降の東方問題、及びバルカン諸民族独立のキッカケとなった出来事であり、打線の中核を担うクリーンナップの一角に抜擢。

 

④ 四番 (一) 埃土戦争(1831年)

長打力の求められる四番には、エジプトという広大なエリアを失うこととなる、エジプト・トルコ戦争を選びました。

ヨーロッパ方面の領土縮小へ繋がる出来事を主とする今回の打線において、助っ人外国人的な立ち位置。

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出典:ムハンマド・アリー朝 - Wikipedia

 

⑤ 五番 (右) 露土戦争(1877年)

五番には、1877年に行われた露土戦争。

セルビア・モンテネグロ・ルーマニアの独立や、ブルガリアの自治権譲渡、ハプスブルクへのボスニア・ヘルツェゴビナ占有権譲渡等、幾つもの領土を失った戦争であり、得点圏打率に秀でたポイントゲッターをイメージ。

 

⑥ 六番 (左) 青年トルコ人革命(1908年)

1908年にオスマン帝国で起こった政変が、青年トルコ人革命。

ブルガリア王国独立や、オーストリア=ハンガリー帝国によるボスニア・ヘルツェゴビナ併合へと至った革命であり、五番を打つ露土戦争の残したランナーを返す働きに期待。

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⑦ 七番 (二) 伊土戦争(1911年)

七番にはアフリカ・リビアを失うこととなるイタリア・トルコ戦争をチョイス。

後のバルカン戦争勃発のキッカケにもなった戦争であり、下位打線でのラインナップながらに、ケースバッティングや選球眼に優れた巧打者を想像しました。

 

⑧ 八番 (捕) 第一次バルカン戦争(1912年)

八番は伊土戦争の長期化に刺激される形で行われた、第一次バルカン戦争。

これまでの戦争で独立を許した、ギリシアやセルビア等の小国への敗北という、オスマン帝国弱体化を象徴する戦争であり、チームのシンボルとなる生え抜きベテランをイメージ。

 

⑨ 九番 (投) 第一次世界大戦(1914年)

ラストバッターは、ロシア帝国解体とオスマン帝国の自然国境回復を目的に参戦した、第一次世界大戦。

この戦争での敗北を一つのキッカケとして、オスマンは滅亡し、現在のトルコ共和国が成立することに。

 

 

 

一番 (三) ロシア帝国のアゾフ海領有(1700年)

二番 (遊) 露土戦争(1787年)

三番 (中) ギリシア独立戦争(1821年)

四番 (一) 埃土戦争(1831年)

五番 (右) 露土戦争(1877年)

六番 (左) 青年トルコ人革命(1908年)

七番 (二) 伊土戦争(1911年)

八番 (捕) 第一次バルカン戦争(1912年)

九番 (投) 第一次世界大戦(1914年)

 

以上が、オスマン帝国衰退をテーマにした打線です。

 

ロシア帝国における18世紀の黒海浸出を一・二番として、クリーンナップには南下政策や東方問題で取り上げられることの多い"ビッグ3" を、漏れなくラインナップ。

第一次バルカン戦争や第一次世界大戦等、下位打線にもタレントが揃っており、正にどこからでも点の取れる打線が完成しました。

 

いかがでしょうか。

世界史を学ぶ受験生や、トルコへの旅行を検討されている方を始め、近世トルコ史を頭に入れる際の参考になればと思います。