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【不凍港】ロシアの港を9つ選んで打線を組みました【南下政策】

こんにちは。

イラスト屋のアキです(@aki_20190126)。

 

本日のテーマはロシアの港。

 

16世紀以降、イギリスやオランダといった先進国に追いつこうと、凍らない海を求めて戦い続けてきたロシア帝国。

そんなロシアが、約400年以上もの月日をかけて手に入れた港で打線を組んでみました。

 

▼目次

 

① 一番 (中) アストラハン (カスピ海)

凍らない港を目的に、南方へ領土を広げてきたロシア。

その様な南下政策において、起点となったのがトルコ方面に位置する黒海でした。

 

16世紀半ばに雷帝・イヴァン4世の征服した町が、カスピ海沿岸にあるアストラハン。

後の黒海浸出の起点となったことから、トップバッターに選出。

 

② 二番 (遊) セヴァストポリ (黒海)

アストラハン征服より200年以上もの時を経て、ようやく手に入れた黒海への出口がクリミア半島。

というわけで2番には、半島南西部に位置するセヴァストポリを配置。

 

難攻不落の要塞としての役割も担っており、高い守備力が求められる遊撃手としての役割に期待です。

 

③ 三番 (三) ノヴォロシースク (黒海)

ギリシャ独立戦争後のアドリアノープル条約を以てロシア領となったのが、同じく黒海沿岸の商業都市・ノヴォロシースク。

国内最上位の貨物取扱量を誇る商業港であり、類まれなバットコントロールでヒットを量産する安打製造機をイメージ。

 

④ 四番 (一) ウラジオストク (極東)

18世紀中盤以降、ロシアの黒海浸出はイギリスやトルコといった敵対勢力の海上封鎖に伴い、行き詰まってしまいます。

その様な中で彼らが目をつけたのが、日本海沿岸を始めとする極東方面でした。

 

1860年の北京条約を機にウラジオストクを領有。

外洋・太平洋への玄関口という、ロシアにとっては待望の長距離砲であり、ここぞの場面での一発が期待される4番に抜擢しました。

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⑤ 五番 (右) ナホトカ (極東)

軍港・ウラジオストクと共に極東方面の拠点としての役割を担ってきたのが、商業都市・ナホトカ。

高いアベレージを誇るポイントゲッターとして、ウラジオストクの後ろを固める5番バッターとしました。

 

⑥ 六番 (左) ムルマンスク (北極海)

ウラジオストクやナホトカと共に長距離砲となり得る港が、北極海沿岸の不凍港・ムルマンスク。

1915年の第一次世界大戦中に創設され、大戦中の軍事物資調達において大きな役割を果たしました。

 

現在は国内最大の海軍・北方艦隊の本拠地であり、比類なきパワーを生かした破壊力抜群の長距離砲をイメージ。

 

⑦ 七番 (二) カリーニングラード (バルト海)

第二次世界大戦後のポツダム会談でロシア(当時のソヴエト連邦)に編入されたのが、バルト海沿岸の飛び地・カリーニングラード。

世界有数の琥珀の産地であり、下位打線の軸として意外性のある一発に期待です。

 

⑧ 八番 (捕) サンクトペテルブルク (バルト海)

8番にはバルト海浸出における起点・サンクトペテルブルクをセレクト。

 

ノヴォロシースクやナホトカと共に、国内上位の貨物取扱量を誇る一方、冬場に凍るのが弱点。

調子の波が大きいことから、下位打線に配置しました。

 

サンクトペテルブルクといえば、首都モスクワに次ぐロシアの第二の都市。

モスクワ~サンクトペテルブルク間は "ロシアの大動脈" であり、大エース・モスクワの正妻として、扇の要であるキャッチャーとしました。

 

⑨ 九番 (投) モスクワ

これらの港を従えて、マウンドに登るのはロシアの首都モスクワ。

ウクライナやバルカン諸国といった国々にも大きな影響力を持つ、東ローマ帝国の後継者です。

 

ナポレオン軍侵略からの復興や、ナチスヒトラーの撃退等、追い込まれるほどに強さを発揮。

チームの命運を握るピッチャーとして、どんなピンチにも動じない強気なピッチングに期待しましょう。

 

 

以上が、ロシアの港で組んだ打線となります。

一番 (中) アストラハン (カスピ海)

二番 (遊) セヴァストポリ (黒海)

三番 (三) ノヴォロシースク (黒海)

四番 (一) ウラジオストク (極東)

五番 (右) ナホトカ (極東)

六番 (左) ムルマンスク (北極海)

七番 (二) カリーニングラード (バルト海)

八番 (捕) サンクトペテルブルク (バルト海)

九番 (投) モスクワ

 

アストラハンを起点に黒海方面を開拓するも、生き詰ったので極東方面へ。

日露戦争を機に再びヨーロッパへシフトするも、この方向転換が結果的には第一次世界大戦に。

 

このようなロシアの南下政策が、ざっくりつかめる内容だと自負しております。

世界史を学ばれている学生さんや、歴史を復習されている社会人の方は、ぜひぜひ参考にしてみてください。

 

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