オフィス・アキ

ペンと紙というアナログな作品を通して、イラストの持つ無限の可能性をお届けします。

【覇権の歴史】胡椒(こしょう)と砂糖で、16世紀以降の西欧の歴史を語ってみる

こんばんは。

イラスト屋のアキです(@aki_20190126)。

 

昨日をもって、当サイト「オフィス・アキ」の開設から1年が経ちました。

インターネットを通して自己表現ができることに感謝をしながら、新たな1年も楽しんでいきたいですね。

 

2年目となる今年の、一発目の記事は西ヨーロッパ。

胡椒と砂糖という2つの身近な調味料を使って、16世紀以降の西欧の歴史を語ります。

 

▼目次

 

① 15世紀当初の世界地図

西欧史を学ぶにあたり、大切なのが地図の見方。

日本を中心に見るのではなく、ヨーロッパを中心に世界を捉えていく必要があります。

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その点を踏まえて、まずは15世紀当初の世界地図をご紹介いたします。

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出典:タブラ・ロジェリアナ - Wikipedia

 

わかりにくいですよね(笑)

 

描かれているエリアは、今現在の地図で例えるとこんな感じです。

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② 西ヨーロッパの立ち位置は弱小国

当時の世界の常識は、ヨーロッパの西側には何も存在せず、アフリカ大陸の南側も行き止まりとなっているというもの。

ヨーロッパの国々とアジア諸国の交流は、地中海を介して行われていました。

 

イギリスやフランスといった西ヨーロッパの地域は、立地的には一番端っこ。

 

インドや中国との貿易に際しては、距離がある分めちゃくちゃ不利なんですよね。

物を売り買いする時に、色々な国を通る分ものすごい関税がかかりますから。

 

この様なこともあり、西欧諸国の世界的な立ち位置は「遅れた地域」「弱小国」というものでした。

 

中でも最も苦しんでいたのが、スペインとポルトガル。

イベリア半島に位置する両国は、アジアとの距離が一番離れており、現状を変えていく必要がありました。

 

③ 世界を変えた "黒いダイヤ"

当時のヨーロッパの国々が、インドとの貿易で求めていたものが胡椒。

肉食の普及に伴い、防腐剤としての役割を担っていました。

 

日常生活での需要が爆発的に伸びていたにも関わらず、その栽培がヨーロッパでは困難だったことから、胡椒の価値は急騰。

"黒いダイヤ" と呼ばれる程に値打が高まりました。

 

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出典:Guicheng 2011/09/17 エンド・ゴール 星の海へ、漕ぎ出そう guicheng 2011/09/17 エンド・ゴール - ppt download

この様な中で動いたのがポルトガル。

航海技術の発展に伴い、1480年代後半よりアフリカ方面への航路開拓に着手します。

 

1498年11月22日、冒険家・ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ最南端の喜望峰に到達。

インドや東南アジアへ直接アクセスすることが可能となり、西洋諸国に膨大な利益をもたらす香辛料貿易に繋がります。

 

同じ時代にポルトガルのライバルとなったのが、隣国・スペイン。

ジェノバの商人・コロンブスを派遣して、ヨーロッパの西側から、地球の裏側を通ってアジアにアクセスしようと試みます。

 

結果的にコロンブスは、1492年10月11日にバハマ諸島の1つである、サン・サルバドル島を漂着。

そこから連なる南北アメリカ大陸の発見が、西欧の更なる繁栄に繋がります。

  

④ "白い積み荷" とレゲェーミュージック

16世紀以降、スペインを始めとする西欧諸国は、広大な土地と豊富な資源を持つアメリカ諸国の植民地化を推し進めます。

 

過酷な労働とヨーロッパから持ち込まれた感染症により先住民は壊滅。

新たな労働力としてヨーロッパの国々が目をつけたのが、アフリカ大陸の黒人でした。

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出典:ヨーロッパの歴史の流れを超簡単にまとめてみた その2

 

イギリスを始めとする西欧諸国は、アフリカに武器や雑貨を売り込みます。

代わりに調達した黒人奴隷を、労働力としてアメリカに送還しました。

 

17世紀のヨーロッパでは、コーヒーと紅茶の文化が広まります。

爆発的に需要が伸びたのが砂糖でした。

 

アフリカからアメリカに送られた黒人奴隷の別称が "黒い積み荷"。

対して、黒人奴隷の労働力を基に、アメリカの広大な土地で収穫されて、ヨーロッパに送られた砂糖は "白い積み荷" と呼ばれます。

 

カリブ海に島々にヨーロッパ風の建物が多いのは、西欧諸国の支配され植民地となったかつての名残。

ジャマイカで生まれたレゲェーミュージックの源は、奴隷となった黒人の怒りの感情であり、砂糖や綿花をヨーロッパに届ける船を標的とした海賊がカリブの海にはびこった。

 

アメリカ諸国の生活や文化の根底には、"白い積み荷" を求めたヨーロッパからの過酷な支配があるのです。

 

⑤ 世界史に必要な2つの視点

いかがでしたか。

本日は胡椒と砂糖という2つの身近な調味料を使って、16世紀以降の西ヨーロッパの歴史を語りました。

 

・ポルトガルの開拓したアフリカ周りの航路により、西欧による香辛料貿易が確立

・スペインの発見したアメリカ大陸により、砂糖をめぐる三国間貿易が始まる

 

この2点を抑えるだけで、西欧の歴史の流れがグッとつかめます。

 

16世紀以降の西欧史は、世界史のメインテーマ。

大学受験で世界史を選択されている学生さんは、ぜひとも当記事を参考にしてみて下さい。

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